こんにちは、『文人』です。
宮沢賢治(1986-1933)は、現在の岩手県花巻市に生まれ、明治から昭和にかけて生きた詩人・童話作家です。
多彩な作品を遺し、その多くが、国内外で盛んに読まれています。
今や日本文学を代表する作家である宮沢賢治。
しかし生前は、ほとんど無名に近い作家でした。
死後、多くの作品が発掘され、評価が高まっていったのです。
宮沢賢治の言葉には、時代を経ても埋もれることのない才能の輝きがあります。
今回は、そんな宮沢賢治の天才ぶりが分かる名言を、有名な童話作品の中から8つ紹介していきます。
名言①
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
『注文の多い料理店』(宮沢賢治/著 新潮文庫)P9,10 『注文の多い料理店』(序)より
生前に刊行された著書『注文の多い料理店』の序文に、賢治はこのように書きました。
賢治にとって創作物は、自然からのもらい物。
手帳と鉛筆を携えて山や野原へ行き、心に浮かんだことをメモしていた、というエピソードも残っています。
美しく神秘的な「虹や月あかり」。
「かしわばやしの青い夕方」の妖しさ。
「十一月の山の風」の冷たい荒々しさ。
そんな自然の中にひとりで立っている時、何かが賢治に語りかけてくる。
賢治はその霊感を手帳に書き留める。
多彩な宮沢賢治文学は、自然との深い交流から生まれたのです。
「わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。」
宮沢賢治の作品には、不思議な場面が多々出てきます。
作者自身の理解さえ超えた作品を書いてしまうところに、宮沢賢治の天才ぶりがよく表れています。
名言②
そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。
一郎はわらってこたえました。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。(中略)」
『注文の多い料理店』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「どんぐりと山猫」P21より
童話作品「どんぐりと山猫」の一節。
裁判官の山猫が、どんぐりたちの争いを治めようとしますが、裁判は難航します。
「頭のとがってるのがいちばんえらい」
「まるいのがえらい」
「大きなのがいちばんえらいんだよ」
「せいの高いのだよ」
口々に叫び、争うどんぐりたち。
そこで主人公の一郎が、裁判官の山猫に知恵を貸します。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。」
どんぐりたちはしんと黙り込んでしまい、裁判は無事に終わるのです。
優劣をつけて争うことの無意味さ、おかしさ。
それを見事に言い表した名言です。
宮沢賢治の作中世界は、しばしば「イーハトーブ」という造語で表現されます。
「イーハトーブ」は、人も動物も植物も、石も、電信柱も、星も、あらゆるものが共通の言語で生き生きと交流する理想郷。
賢治は人間中心の世界を飛び越え、宇宙的な視点で豊かな作品群を生み出していきました。
名言③
思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きてるときのように冴え冴えして何か笑っているようにさえ見えたのだ。
その栗の木と白い雪の峯々にかこまれた山の上の平らに黒い大きなものがたくさん環になって集って各々黒い影を置き回々教徒の祈るときのようにじっと雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。そしてその雪と月のあかりで見るといちばん高いとこに小十郎の死骸が半分座ったようになって置かれていた。
思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きてるときのように冴え冴えして何か笑っているようにさえ見えたのだ。
『注文の多い料理店』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「なめとこ山の熊」P355より
童話作品「なめとこ山の熊」の一節。
熊獲りの名人・小十郎は、熊の狩猟で苦しい生活を立てています。
熊にとって、小十郎は天敵。
しかし「なめとこ山」に棲む熊は、小十郎という人間が好きなのです。
熊を狩ることに罪悪感を覚えながらも、そうするほかに生きていく術を持たない小十郎。
そして小十郎は熊との闘いに敗れ、命を落としてしまいます。
小十郎の死を嘆き悲しみ、雪にひれ伏し、祈りをささげる熊たち。
その中に置かれた、小十郎の死骸。
小十郎の顔は、なぜか「笑っているようにさえ見えた」といいます。
宮沢賢治作品の死者たちは、しばしば穏やかな微笑を浮かべます。
それは、現実の苦しみからの解放でしょうか。
あるいは、賢治が込めた、死んでゆく者への祈りでしょうか。
悲しい死の描写がこんなにも生き生きとしているのはなぜか?
死は終わりではなく、自然への回帰。
賢治はそう伝えようとしているのかもしれません。
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名言④
『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
『クラムボンは死んでしまったよ……。』
『殺されたよ。』
『新編 風の又三郎』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「やまなし」P8より
童話作品「やまなし」の一節。
とある谷川の底で、2匹の蟹の子どもたちがおしゃべりをしています。
『クラムボンはわらったよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
小さな泡を吐きながら、おしゃべりを続ける蟹の子どもたち。
小さな生き物たちの平和そうな一場面。
ところが、蟹の子どもたちは、突然こんなことを言い出します。
『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
「クラムボン」とは何なのか?
2匹の蟹の子どもたちは、何を見たのか?
それらが説明されることはなく、謎のまま、読者に不吉な印象を残します。
宮沢賢治作品には、さまざまな造語が出てきます。
「クラムボン」もそのひとつ。
どこか未知の世界の豊かさを感じさせるような、不思議な響きを持った言葉の数々。
魅力的な造語が、読者の想像力をかきたてます。
賢治は「造語の天才」でもあるのです。
名言⑤
そしてちょうど、このお話のはじまりのようになる筈の、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖いたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのでした。
そしてその次の日、イーハトーブの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月が銅いろになったのを見ました。けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖くなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのようになる筈の、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖いたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのでした。
『新編 風の又三郎』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「グスコーブドリの伝記」P296より
童話作品「グスコーブドリの伝記」の一節。
「イーハトーブ」の大きな森の中で、平和に暮らしていたグスコーブドリ一家。
しかし、天候不順により作物が不作に。
やがて、飢饉に苦しみます。
両親は家を出て行き、妹のネリは人さらいに連れて行かれ、一家は離散。
独りになったブドリは、必死に働き、学びます。
そして大人になったブドリは、科学の力で、天候を操作。
凶作と飢饉を防ぎ、「イーハトーブ」の人々を救うのです。
賢治が生きた時代は、凶作や飢饉の多い時代でした。
特に東北地方は、冷害による不作が多い地域。
窮乏した農民の中には、「グスコーブドリ」のように一家離散の悲劇もあったでしょう。
賢治の家は、質屋・古着屋。
農民の苦しい生活とは縁のない、裕福な家庭でした。
しかし賢治はこの家業を嫌い、農学校の教師になったり、農民の相談に乗ったりするなど、一貫して農民の生活に寄り添いました。
「たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖いたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのでした。」
凶作・飢饉に苦しむすべての人々に寄り添い、幸せを強く願った賢治。
その祈りが生んだ名言です。
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名言⑥
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう、
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
『新編 風の又三郎』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「風の又三郎」P297より
童話作品「風の又三郎」の一節。
未熟な「くるみ」も「かりん」も吹き飛んでしまいそうな、猛烈な風。
「どっどど どどうど どどうど どどう」
というフレーズから、風の力強さがそのまま伝わってきます。
吹き荒れる風を感じさせるダイナミックな擬音。
お祭りのような胸の高鳴り。
風の精霊「又三郎」の出現を予感させる歌です。
宮沢賢治は、「詩の天才」。
童話作品の中にも、たくさんの魅力的な歌が出てきます。
名言⑦
ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。
(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
『新編 銀河鉄道の夜』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「よだかの星」P35
童話作品「よだかの星」の一節。
主人公の「よだか」は醜い鳥。
「たか」という名前が付くため、「鷹」に因縁をつけられ、いじめられます。
「鷹」にいじめ殺されそうになり、居場所がなくなった「よだか」。
「よだか」は悩み、苦しみます。
自分は「かぶとむし」や「たくさんの羽虫」を殺して、食べることで生きている。
しかし、そんな自分も、「鷹」に殺される。
食う、食われる、という食物連鎖の宿命。
激しい自己嫌悪。
生きることの苦悩。
苦しみの果てに、「よだか」は天へと羽ばたきます。
その身体は燃えて、星になりました。
「ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。」
食物連鎖の宿命、自己嫌悪、自己処罰……
宮沢賢治文学には、このような究極のテーマが描かれています。
この並外れた問題意識からも、賢治の天才ぶりがうかがえます。
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名言⑧
つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。
「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるならもっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集って見えしたがって白くぼんやり見えるのです。(中略)」
『新編 銀河鉄道の夜』(宮沢賢治/著 新潮文庫)「銀河鉄道の夜」P159より
童話作品「銀河鉄道の夜」の一節。
夜空にぼんやりとかすむ天の川は、例えるなら、「乳の流れ」。
その無数の星々は、「脂油の球」。
天の川の水にあたるものは、「真空」。
太陽も、地球も、「真空」という水の中に浮かんでいる。
つまり地球上の私たちも、天の川の水のなかに棲んでいるということ。
科学的であり、文学的でもある美しい説明です。
賢治は「詩人」であると同時に、「科学者」でもありました。
本来は地上のものである鉄道が、死者たちを乗せて、天の川銀河を走る。
名作「銀河鉄道の夜」は、賢治の非凡な想像力が生んだ、詩情と科学との奇跡的な融合です。
主人公ジョバンニと、親友カムパネルラとの最期の別れ。
賢治は本作を通して、大切な死者との別れを描きました。
賢治は26歳の時、人生最大の辛い体験をしています。
最愛の妹・トシの病死です。
妹を亡くした賢治の悲しみは、並大抵のものではありませんでした。
賢治にとって創作は、死んでいった人のための祈りでもあります。
すべての大切な死者のために、すべての残された人のために、幸せを願うすべての人のために、「銀河鉄道」は今も走り続けています。
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おわりに
宮沢賢治は37歳でこの世を去ります。
その湧き出る創作力は晩年まで衰えず、生涯にたくさんの名作を生みました。
自然との生き生きとした交流、豊かな詩情、美しく魅力的な言葉づかい、深いテーマ、死者への温かいまなざし……
その魅力はさまざま。
賢治の天才ぶりは、たとえるなら、七色に光りかがやく宝石。
見る角度によって光が変化するように、読者の読み方しだいで色々な魅力を放つのです。
あなたもぜひ本を手に取って、宮沢賢治の魅力を探してみてください。
きっと素敵な名言に出会えますよ。
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