読んだら癖になる暗黒童話――宮沢賢治『注文の多い料理店』の魅力
こんにちは、『文人』です。
宮沢賢治の名作童話『注文の多い料理店』は、食べる側の人間が、逆に食べられる側になってしまうという悲劇をおもしろおかしく描いた作品です。
残酷さの中にも中毒性があり、今でも根強い人気があります。
今回はそんな『注文の多い料理店』の内容と魅力を紹介していきます。
『注文の多い料理店』とは?
あらすじ
2人の若い紳士が鉄砲をかついで山奥を歩いていました。2人は鳥や獣を撃って遊ぶために来たのでした。しかし案内の猟師はどこかへ行ってしまい、獲物もまったく姿を見せません。連れていた2匹の犬は、なぜか突然めまいを起こして死んでしまいました。2人は腹が減ってきたので戻ることにしましたが、帰り道がわかりません。そんなとき、立派な西洋料理店を見つけました。不思議な注意書きがあります。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
ほかにもさまざまな注意書きがあります。2人は奥へ進みました。そして扉の向こうに恐ろしいものを見ます。ここは客にさまざまな注文をして、最後に、その客を西洋料理にして食べてしまう店だったのです。2人はぶるぶる震えて泣き出し、心を痛め、紙くずのような顔になりました。
すると店が消え、2人は草の中にいました。はぐれていた猟師がやって来て、2匹の犬も戻ってきました。2人は安心して東京へ帰りましたが、紙くずのようになった顔だけは元通りになりませんでした。
- 作者は宮沢賢治(明治29年~昭和8年)
岩手県の花巻の生まれ。詩人であり童話作家。
「イーハトーブ」を舞台に数多くの作品を残しました。「イーハトーブ」とは、郷土の岩手をモチーフに賢治が心のなかに描いた理想郷。 - 「注文の多い料理店」は、宮沢賢治の生前、唯一刊行された童話集――イーハトヴ童話『注文の多い料理店』――に収録された1編です。
- 『注文の多い料理店』の魅力のひとつは、ブラックユーモアです。
生き物を調理して食べる、というのが人間の食文化ですが、「注文の多い料理店」では、人間が調理されて食べられる、という逆転した状況になっています。
自然の恩恵を忘れ、自己中心的になり、他の生き物の命を軽んじる近代社会人に対する皮肉。
それを遊び心のある物語にしています。
『注文の多い料理店』の魅力
①2人の紳士の欠点
○山奥に迷い込んだ2人組の紳士
『注文の多い料理店』に登場するのは、2人組の紳士です。
2人とも歳が若く、太っていて、イギリスの兵隊の格好で、鉄砲をかついでいます。
彼らは案内の猟師をつけて、山に入ってきました。
2人はどんどん山奥へ踏み込んでいきます。
あんまり山奥なので、案内役の猟師もどこかへ行ってしまいました。
しかしそんなことは意にも介さず、2人はどんどん山奥へ迷い込んでいきます。
○「山奥」とは?
2人組の紳士が迷い込んだ山奥。
そこはいったいどんな場所なのでしょうか?
山歩きのプロである猟師でさえ、案内できず、どこかへ行ってしまう。
そこは、「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴」るような場所として描かれています。
人間の言葉では言い表せないような世界であり、完全に人の生活圏から外れたところでしょう。
2人の紳士は、明らかに立ち入ってはいけないような場所に来てしまったのです。
○命知らずな2人組
この2人組の紳士は、自己中心的な性格。
何でも自分の都合のいいように考えます。
そもそも2人組の紳士が山に入ってきたのも、鳥や獣を撃って遊ぶため。
生活のための狩猟ではなく、レジャーです。
何でもいいので、早く鉄砲を撃ちたくて仕方がないんです。
だから案内の猟師とはぐれても、構わず山奥へ分け入っていきます。
この2人組の最大の欠点は、恐れを知らないこと。
世の中は自分の都合のいいように回っている、と思い込んでいる。
それが後に大きな災いとなります。
②食べられる側の気持ち
○不思議な西洋料理店
山に入ったものの、鳥や獣が1匹も出てこなくて、興覚めした2人組の紳士。
腹が減ってきたので、戻ることにしました。
しかし、帰り道がわかりません。
そんなとき、山奥のなかに、立派な西洋造りの建物を見つけます。
「西洋料理店 山猫軒」
という札を見て、2人は大喜びでこの西洋料理店の中に入ります。
○おかしな注文
この西洋料理店、扉の奥へ進むたびに、さまざまな注意書きがあります。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
服を脱いでください、クリームを体中に塗ってください、頭に香水を振りかけてください……
おかしな注文ばかりつけられているにもかかわらず、2人はまったく怪しむ様子もなく、奥へ奥へと進んでいきます。
2人はすばらしい西洋料理を食べることしか頭にありません。
そして最後の扉まで来たところで、ようやく2人は状況のおかしさに気がつきます。
奥のほうにはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、銀いろのホークとナイフの形が切りだしてあって、
「いや、わざわざご苦労です。
大へん結構にできました。
さあさあおなかにおはいりください。」
と書いてありました。おまけにかぎ穴からはきょろきょろ二つの青い眼玉がこっちをのぞいています。
「うわあ。」がたがたがたがた。
「うわあ。」がたがたがたがた。
ふたりは泣き出しました。
すると戸の中では、こそこそこんなことを云っています。
「だめだよ。もう気がついたよ。塩をもみこまないようだよ。」
「あたりまえさ。親分の書きようがまずいんだ。あすこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜けたことを書いたもんだ。」
「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、骨も分けて呉れやしないんだ。」
「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいって来なかったら、それはぼくらの責任だぜ。」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早くいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもんで置きました。あとはあなたがたと、菜っ葉をうまくとりあわせて、まっ白なお皿にのせるだけです。はやくいらっしゃい。」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラドはお嫌いですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか。とにかくはやくいらっしゃい。」
二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。
中ではふっふっとわらってまた叫んでいます。
「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いては折角のクリームが流れるじゃありませんか。へい、ただいま。じきもってまいります。さあ、早くいらっしゃい。」
「早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます。」
二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。
『注文の多い料理店』(宮沢賢治/著 新潮文庫)収録「注文の多い料理店」より引用
すばらしい西洋料理が食べられると思い込んでいた2人は、喜びから一転、絶望的な気持ちになります。
ここは客にさまざまな注文をつけて、最後に、その客を西洋料理にして食べてしまう店だったのです。
食べる側のはずが、いつの間にか、食べられる側になっている。
2人は「くしゃくしゃの紙屑のよう」な顔になり、泣くことしかできません。
③悲劇と破滅の物語
山猫にだまされて、食べられる側の気持ちを痛いほど味わった2人組の紳士。
「西洋料理店 山猫軒」は幻のように消え、2人は草の中にいました。
無事に東京へ帰ることができたのです。
ふつうの物語なら、自分たちの行いを反省し、命の大切さを学ぶところ。
しかし、この作品は一筋縄ではいきません。
山猫に食べられそうになり、「くしゃくしゃの紙屑のよう」になった2人の顔は、東京へ帰っても元通りにはならないのです。
つまり、2人はまったく反省しておらず、この先も同じような悲劇に遭うことが暗示されています。
まとめ
宮沢賢治の『注文の多い料理店』は、近代的な性格(自己中心的で、恐れを知らない)を持った2人組の紳士に起こる悲劇と破滅を描いた作品です。
2人組の紳士が食べられそうになる場面は、まるで大掛かりなドッキリを観ているようなおもしろさがあります。
食べる側の人間が、いつの間にか、食べられる側になっている。
このような逆転した状況は、考えられる限り、最も痛ましい悲劇であり破滅です。
きっと忘れられない読書体験になるでしょう。
まだ読んだことのない人は、ぜひ本を手に取ってみてください。
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