こんにちは、『文人』です。
夏目漱石の小説『道草』は、晩年に書かれた名作。
養父との金銭問題や、精神障害を抱えた妻との暮らし、経済的な援助を求めてくる親類たち……
漱石自身の苦しい生活をモデルにした自伝的作品です。
「暗い小説なのかな?」
というイメージを持つ人が多いかもしれませんが、意外と面白おかしく、共感しながら読める小説なんですよ。
今回はそんな『道草』の内容と魅力をわかりやすく紹介していきます。
『道草』とは?
海外留学から戻り大学の教師になった健三は、小説の執筆に取りかかっていた。そこに、十五、六年前に絶縁したはずの養父島田が現われ、しきりに金をせびる。姉や兄、義父までも金銭問題をふっかけてくる上、夫婦仲はうまくいかず……。
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)裏表紙の紹介文より
- 作者は夏目漱石(1867~1916)
代表作は『吾輩は猫である』、『坊っちゃん』、『こころ』など。
明治から大正にかけて活躍した文豪です。 - 『道草』には漱石自身の実体験が多く書かれています。
幼少時代、養子に出されたこと。
養父からお金の援助を要求されたこと。
自身の神経衰弱のこと、たびたびヒステリー症状を起こす妻のこと。
夫婦喧嘩、などなど。
夏目夫妻の人生の苦労がうかがえる小説です。
魅力①
主人公「健三」に降りかかるお金の苦労
『道草』は主人公「健三」の苦悩の日々を描いた小説です。
特に「お金の問題」が生々しく描かれています。
誰もが身近に感じる問題だからこそ、共感しながら面白く読めるのが『道草』の魅力のひとつです。
「健三」は海外留学を経て、故郷である東京に帰ってきました。
大学教授となり、駒込に所帯を持ち、妻子との生活を再開します。
しかし彼の生活は苦しいものでした。
○兄と姉への経済援助
「健三」には実の兄と、腹違いの姉がいます。
2人ともそれぞれ所帯を持っていますが、暮らしぶりは貧しい。
そこで「健三」は兄と姉から経済的な援助を求められます。
○義父の金銭問題
また、義理の父親(妻の父)も苦境に立っている状態。
かつては官僚で相当な地位にいた人ですが、失脚してしまいます。
さらに投資で失敗し、財産を失い、借金に苦しむことに。
「健三」はこの義父からも金銭問題を持ちかけられ、借金の肩代わりをします。
○金をせびる養父「島田」
また、「健三」の前に養父「島田」が現れます。
「健三」には幼少時代、実父に見捨てられて養子に出された辛い過去があります。
その頃、彼を引き取って養育したのが「島田」。
過去に金銭絡みのトラブルがあり、今では絶縁状態の男ですが、偶然再会したことがきっかけで交際が復活してしまいました。
「島田」は幾度となく家に訪ねてきては、貧しい生活を語り、お金の援助を要求してきます。
○「健三」一家の苦しい家計
周りから経済的に頼られてばかりの「健三」。
しかし「健三」一家の暮らしは、それほど裕福ではないのです。
毎月の出費が多く、切り詰めた生活をしなければ暮らしていけない。
周囲の人間はそのような内情を理解しません。
大学教授だからさぞ高給取りにちがいないと思い込み、経済的に寄りかかってくるのです。
魅力②
うまくいかない夫婦関係
『道草』には夫婦の関係がこまやかに描かれています。
なかでも「健三」夫妻はうまくいっていません。
結婚してから数年。子供もいます。
夫婦のふだんの会話は少なく、さらには愚痴をこぼし合い、喧嘩が絶えない。
お互いの嫌なところばかりを見ながら暮らしています。
○調子外れなやりとり
「健三」夫妻はどちらも強情で、自分の欠点を認めながらも決して直そうとはしません。
そのくせ腹の中ではお互いに不満を持っている。
そんな夫婦のやりとりが随所に出てきます。
彼は例刻に宅へ帰った。洋服を着換える時、細君は何時もの通り、彼の不断着を持ったまま、彼の傍に立っていた。彼は不快な顔をして其方を向いた。
「床を取って呉れ。寐るんだ」
「はい」
細君は彼のいうがままに床を延べた。彼はすぐその中に入って寐た。彼は自分の風邪気の事を一口も細君に云わなかった。細君の方でも一向其処に注意していない様子を見せた。それで双方とも腹の中には不平があった。
健三が眼を塞いでうつらうつらしていると、細君が枕元へ来て彼の名を呼んだ。「あなた御飯を召上がりますか」
「飯なんか食いたくない」
細君はしばらく黙っていた。けれどもすぐ立って部屋の外へ出て行こうとはしなかった。
「あなた、どうかなすったんですか」
上の引用は、「健三」が風邪を引いたときの場面。
「健三」は不調なのですが、妻(細君)には何も打ち明けません。
また妻のほうも、何も言ってくれない夫に失望し、あえて黙っています。
夫婦の会話もどことなく調子外れな感じがしますよね。
こんなふうに通じ合わず、ちょっと間が抜けたような可笑しなやりとりになってしまうのです。
○妻のヒステリー
普段からぎくしゃくしている「健三」夫妻。
ときどき喧嘩をして、夫婦の関係が崩れそうになることもあります。
普通なら修復不可能になり、離婚になりそうな危うい状態。
しかしそんな時になると、妻はヒステリー症状を起こします。意識を失ったり、何もかも忘れてしまったような健忘状態になったり、奇行が出たり……
「健三」は妻のヒステリーを恐れ、症状が出ると彼女を甲斐甲斐しく世話して、優しい一面を見せます。
そうしていつの間にか、元通りの夫婦関係に戻っているのです。
「健三」夫妻は、関係がうまくいかずとも、際どいところで釣り合っています。
壊れそうで壊れない不思議なこの夫婦関係も、『道草』の面白さのひとつです。
まとめ
夏目漱石の『道草』は、「健三」に降りかかるさまざまな金銭問題、波乱の多い夫婦関係、などが生き生きと描かれています。
登場するのは欠点だらけで救いようがない人間ばかり。
でも妙に共感できて、親しみやすいのが魅力です。
漱石作品の中でも特に登場人物が魅力的だと感じます。
生活の苦しみが色濃くにじみ出ているのに、どこか面白おかしい、『道草』の世界。
興味を持った人はぜひ本を手に取ってみてください。
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