苦しい時に共感できる夏目漱石『道草』の名言集
こんにちは、『文人』です。
生活の中で時々よみがえってくる過去のトラウマ。
思い出したくないのに、たまに思い出して苦しくなりますよね。
小説『道草』は、夏目漱石の晩年の名作。
主人公「健三」の前に絶縁した養父が現れ、お金の援助を要求してくる。
夏目漱石の実体験を題材にした、自伝的要素の濃い作品です。
養父との再会をきっかけに、「健三」は過去の辛い出来事を思い出します。
今回はそんな『道草』の中の名言を紹介していきます。
共感できる言葉がきっと見つかりますよ。
名言①
健三が遠い所から帰って来て駒込の奥に世帯を持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。
健三が遠い所から帰って来て駒込の奥に世帯を持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。
彼は故郷の土を踏む珍らしさのうちに一種の淋し味さえ感じた。
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P5より引用
小説の書き出しです。
主人公「健三」は海外留学を経て、故郷である東京に帰ってきました。
大学教授となり、駒込に家を構え、妻子との生活が再開します。
それからしばらく経った頃。ここから小説は始まります。
久しぶりに東京に帰ってきた「健三」。
東京の街並みは変化が激しく、周りの環境はかなり変わってしまっている。
「健三」自身も、高い教養を身につけ、今では立派な身分に変わっています。
故郷だからこそ変化がしみじみと感じられ、さびしい気持ちになるのでしょう。
この「一種の淋し味」が作用して、「健三」の心には過去のさまざまな思い出がよぎるのです。
名言②
「とてもこれだけでは済むまい」
その時健三は相手の自分に近付くのを意識しつつ、何時もの通り器械のように又義務のように歩こうとした。けれども先方の態度は正反対であった。何人をも不安にしなければ已まない程な注意を双眼に集めて彼を凝視した。隙さえあれば彼に近付こうとするその人の心が曇よりした眸のうちにありありと読まれた。出来るだけ容赦なくその傍を通り抜けた健三の胸には変な余覚が起った。
「とてもこれだけでは済むまい」
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P8より引用
ある日、 「健三」はいつもの散歩の途中でひとりの老人とすれ違います。
会いたくない人に出会ってしまった。
知らないふりをして通り過ぎようとしますが、相手は足を止めて、じっと「健三」の顔を見据えてくる。
この老人の正体は、養父「島田」。
幼い頃、養子に出された「健三」を引き取って育てた人物です。
過去に金銭トラブルがあり、今では絶縁しています。
「とてもこれだけでは済むまい」
この言葉には、「健三」の不安がありありと出ています。
不安は的中し、後日、「島田」が「健三」の家に訪ねてきます。
絶縁していたにもかかわらず、なし崩しに「島田」との交際が再開してしまうのです。
縁を切った相手が、再び近寄ってくる。
その相手が嫌な人物だったら、不安になりますよね。
(場合によりますが)そこには露骨な下心があります。
名言③
今の彼は切り詰めた余裕のない生活をしている上に、周囲のものからは、活力の心棒のように思われていた。
昔の彼は貧しいながら一人で世の中に立っていた。今の彼は切り詰めた余裕のない生活をしている上に、周囲のものからは、活力の心棒のように思われていた。それが彼には辛かった。
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P107より引用
今の「健三」は苦しい立場にいます。
兄と、腹違いの姉がいて、どちらも暮らし向きが貧しい。
義父(妻の父親)は、元は官僚でしたが、失脚してしまいます。その上、投資に失敗して財産を失い、借金に苦しんでいる始末。
このような親類たちから経済的に頼られています。
実のところ、「健三」一家の家計はかなり厳しい状態です。
毎月ぎりぎりの遣り繰りをしながら暮らしています。
しかし、そんな事情を周りの人たちは知りません。
洋行帰りのエリートで、学者だから、さぞ高給取りにちがいない。
頭からそう決めつけて、勝手に寄りかかってくるのです。
名言④
「御前の御父ッさんは誰だい」
「御前の御父ッさんは誰だい」
健三は島田の方を向いて彼を指した。
「じゃ御前の御母さんは」
健三はまた御常の顔を見て彼女を指さした。
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P130より引用
たびたび「健三」の家を訪ねてくるようになった「島田」。
それに加えて、養母「御常」まで訪ねてくる始末。
2人とも「健三」からのお金の援助が目当て。
「島田」と「御常」。
今はもう離婚している2人ですが、「健三」には、幼少時代この夫婦に引き取られて養育された過去があります。
かつて「島田」と「御常」の夫婦は、「健三」を我が子のように大事にしていました。
「御前の御父ッさんは誰だい」
「じゃ御前の御母さんは」
こんな風に夫婦は幼い「健三」にしつこく質問してきます。
自分たちこそ本当の両親だと、「健三」に刷り込ませるためです。
夫婦には露骨な下心がありました。
「健三」を束縛して、将来働けるようになったら雑用でも何でも使ってやろう。
「健三」は夫婦のいやらしさを幼心に感じ取り、嫌悪しました。
その記憶が焼きついていて、今でも「健三」は2人のことを考えるのが苦痛なのです。
名言⑤
「みんな金が欲しいのだ。そうして金より外には何にも欲しくないのだ」
彼はけち臭い自分の生活状態を馬鹿らしく感じた。自分より貧乏な親類の、自分より切り詰めた暮し向に悩んでいるのを気の毒に思った。極めて低級な慾望で、朝から晩まで齷齪しているような島田をさえ憐れに眺めた。
「みんな金が欲しいのだ。そうして金より外には何にも欲しくないのだ」
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P183より引用
親類たちも、かつての養父も、みんな苦しい生活の中で金を求めて動き回っている。
金のために生きているような人たちばかり。
そして周囲から頼られる「健三」自身も、金集めの生活を強いられている。
「健三」はやりきれないような思いを独りで抱えています。
人にはそれぞれ、思い描く理想の人生があります。
しかし現実は、金に振り回されてばかり。
何をするにも結局は金。
そうして自分を見失い、人生に迷ってしまう。
お金で身を滅ぼさないよう気をつけたいですね。
名言⑥
実父から見ても養父から見ても、彼は人間ではなかった。寧ろ物品であった。
実父から見ても養父から見ても、彼は人間ではなかった。寧ろ物品であった。ただ実父が我楽多として彼を取り扱ったのに対して、養父には今に何かの役に立てて遣ろうという目算があるだけであった。
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P295より引用
「健三」は不幸な生い立ちを回想します。
実父は健三をいらない子供として扱いました。
すでに子沢山の家だったので、後に生まれた「健三」は疎まれていました。
跡取りもいるし、世話になるつもりもないのだから、金をかけても損だ。
それが実父の考えです。
そうして「健三」は養子に出されました。
養父「島田」は「健三」を大事に扱いましたが、あくまで自分の利益を考えての打算。
愛情の裏には下心がありました。
実父と養父、両方の親から物同然の扱いを受けていた「健三」。
彼にとって幼少時代はトラウマなのです。
名言⑦
「又金を取られるんだ。人さえ来れば金を取られるに極ってるから厭だ」
年の暮れに再び訪ねてきた「島田」。
暮れになるとどうしてもまとまった金がいる。お前しか頼れる者がいないのだから、金をくれなきゃ困る。
こんなふうに迫ってきます。
「健三」が突っぱねると、
「もう参上りませんから」
と捨て台詞を残して去っていきました。
ところが後日、別の男が訪ねてきます。
「島田」に頼まれて、代理で来たというその男。
金を出してくれと厚かましく頼み込み、なかなか帰りません。
交渉の末、「健三」は「島田」のために金を都合しなければならなくなります。
非社交的で、親類付き合いもほとんどしない「健三」。
たまに人が訪ねてくると、援助の話ばかり。
真面目な「健三」は、嫌々ながらも金を出すことになるのです。
名言⑧
世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。
「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」
健三の口調は吐き出す様に苦々しかった。
『道草』(夏目漱石/著 新潮文庫)P333より引用
小説の終盤に出てくる名言です。
「健三」は「島田」に金を渡し、「一切の関係を断つ」という誓約書も受け取りました。
これで「島田」との関係がようやく片づいた。
ほっとする妻に対して、「健三」はあくまで悲観的です。
きっと「島田」は金に困ったらまた近寄ってくるでしょう。
「健三」の胸にあるのは、「島田」のことだけではありません。
過去に起こった出来事は消えない。
トラウマは何度でもよみがえります。
何かが引き金になって、過去が呼び起こされる。
人間はときどき過去を振り返りながら人生を歩んでいくのです。
それも、あまり思い出したくない過去を。
まとめ
過去のトラウマを抱えた「健三」。
忙しい生活の中で、過去の嫌な出来事ばかりが思い出される。
愚痴をこぼしながらも懸命に生きていく「健三」の姿勢を見ていると、
「これが人生なんだから仕方がない、まあ頑張ろう」
という気持ちになります。
『道草』を書いた夏目漱石も、トラウマに苦しんだり、人生を悲観したりしながら生きていたのでしょう。
興味を持ったら、ぜひ本を手に取ってみてください。
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