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〈生きる意味〉を思い出させてくれる1冊―トルストイ『人はなんで生きるか』―

 

 

トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』(中村白葉/訳 岩波文庫)のレビュー

 

隣人と言葉を交わすこともなく、その隣人がどんな人柄でどんな仕事をしてどんな暮らしをしているのかさえ分からない、というのは昨今珍しい話ではないと思う。人口が膨れ上がり、技術が進歩し、今や人と人とがリアルタイムで絶えず通信する世の中。それなのに、人は孤立を感じることがある。誰からも愛されず、また誰をも愛せず、ひとりきりで生きているような感覚。


このような心の孤立が、ふとした瞬間に襲ってくる。そしてそんな時、自分にこう問いかけてみたくなる――


「なんで生きているのか?」


現代人は自分が生きる意味を切実に求めている。なぜ生きなければならないのか、人が人として生きるというのはどういうことなのか……。


実は過去にも、苦悩を抱えながらこの種の難問に真正面から向き合った作家がいた。ロシアの文豪トルストイである。そしてトルストイは、人が人として生きていくための理想を、物語という形で結晶化させた。そうして生まれたのが本書である。



本書は民話形式によるトルストイ晩年の短編集。どの作品も道徳的で宗教色がありながら、平易な言葉遣いで書かれ、描写も生き生きとしており、何より物語として十分面白い。


貧しい靴屋が、素っ裸で行き場なく凍えている美しい男を拾い、その男を通して、〈人間の中にあるものは何か〉、〈人間に与えられていないものは何か〉、〈人間はなんで生きるか〉、これら3つの神の言葉を知る、表題作『人はなんで生きるか』


ある村の農夫が、隣人と些細な揉め事を起こしたことをきっかけに憎み合い、家族ぐるみの喧嘩、裁判争いへと発展し、ついには家が炎上してしまう『火を粗末にすると――消せなくなる』


女房を亡くし、我が子を亡くし、孤独になった老人が夜な夜な聖書を読むようになると、街路を行くさまざまな貧しく弱い人たちの存在が目に留まり、手を差し伸べるうちに温かな交流が生まれ、神の言葉の意味を悟る『愛のあるところに神あり』


など、本書に収められた作品はどれも人情味豊かで、テーマ、ストーリーともに優れ、読み終えると胸に温かな火が灯ったような心持ちになる。


文学は時を越え、土地を越え、遠く離れた人と人とを結ぶ。本書が日本語に翻訳され、人から人へと読み継がれてきたのは、きっと偶然ではないだろう。本書を読むと、人は人に何かを与えるために生きているのであり、それ無しには人としての幸せも、心の豊かさもあり得ないのだということが感じられる。


本書を閉じて、ふと思う。自分は人から与えられたものを、心から受け取っているだろうか? そしてその与えられたものを、周りの人へ与えているだろうか? 当然の権利として受け取り、漫然と消費していないだろうか?


心の孤立は人の心をすり減らす。そうして人はいつしか他人に対して無関心になり、同時に、生きる意味を忘れてしまう。本書は素朴な物語を通して、その忘れてしまったことを感覚として思い出させてくれる偉大な1冊だ。

 

 

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