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味わい深くて面白い、宝石のような物語―トルストイ『イワンのばか』―

 

 

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』(中村白葉/訳 岩波文庫

 

本書は、ロシアの文豪トルストイによる民話形式の作品を収めた短編集。どの作品も、伝説や民話から材を得て創作されたもので、文章は簡潔明瞭を極めており、物語は平易にして味わい深く、民話らしい素朴さがある。


民話というと、「これが道徳ですよ」とか、「こんなふうに生きなさい」とか、何かと説教じみた印象を持つ人が多いかもしれない。「民話なんて古臭い」と、埃を払うように払いのける人もいるかもしれない。しかし、だまされたと思って読んでみると、面白い。民話とはそういうものである。厳しい時の試練をくぐり抜けて、風化を免れ、現代まで語り継がれてきた物語なのだから、面白くない訳がない。そんな価値ある原石である民話を、文豪トルストイが独自の思想で磨き上げ、小説風にアレンジしたもの。それが本書である。


表題作『イワンのばかとそのふたりの兄弟』は、現代小説に勝るとも劣らず、生き生きとした作品だった。まず、ストーリーが無類に面白い。


ある裕福な農家に生まれた、「セミョーン」、「タラース」、「イワン」の3人の兄弟。長男「セミョーン」は軍人、次男「タラース」は商人、末の「イワン」は馬鹿である。「セミョーン」は戦争をし、「タラース」は金儲けをし、ふたりとも結婚してそれぞれの家庭を築く。そして馬鹿の「イワン」は、家の仕事を何もしないふたりの兄弟の代わりに家業を継ぎ、耕作を頑張り、家族を食べさせている。そんな3人の兄弟のところに悪魔がやってくる。悪魔は欲望を嗅ぎ取り、巧みにそそのかし、人間を破滅させようとするのである。では、3人はどうなったか?


セミョーン」は戦争で他の国々を侵略し続け、領土を増やすが、ついには戦争に負けて領土を奪い取られ、身ひとつで命からがら逃げていく。


「タラース」は他人のものを何でも欲しがり、金に任せて何でも買い取るが、ある大金持ちの商人が現れると、いくら金を出しても買い負けして、ついには食う物さえ買えなくなってしまう。


一方、馬鹿の「イワン」だけは、悪魔の誘惑がなかなか通じない。「イワン」は、他人のものを欲しがらないどころか、自分のものを気前よく他人にあげてしまうのである。悪魔がどんなに耕作の邪魔をしても、一生懸命に働いて、食べ物を生産し続ける。悪魔はさまざまな知恵を働かせて、「イワン」を破滅させようとするのだが、「イワンのばか」があまりにも始末に負えないので、ついには自滅してしまう。そんな悪魔の倒れ方が、策士策に溺れるといった具合で、何とも痛快だった。


物語を追うだけでも面白いが、作中のいろいろな要素を、現代のあれやこれやに置き換えて読むと、なお面白い。ロシア文学の懐の深さを感じられる1冊だ。

 

 

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