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名作小説が今すぐ読めるようになるコツ――会話文だけで読む夏目漱石『明暗』

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こんにちは、『文人』です。


古典の名作小説を手に取ってみたものの、

「むずかしくてよくわからない!」

と、最後まで読み切れなかったり、おもしろく読めなかったりした経験はありませんか?


古典の名作というだけで、むずかしそうな感じがしますよね。

そこで今回は、夏目漱石の『明暗』をひもとき、名作小説が今すぐ読めるようになるコツを紹介していきます。


読書に慣れていない人でも、おもしろく読めるポイントをわかりやすく解説しますので、どうぞ最後までお付き合いください。

 

 

 

 

はじめに――小説をおもしろく読むのためのポイント

 

夏目漱石の『明暗』をひもとく前に、まずは小説をおもしろく読むためのポイントを解説していきます。


小説はただ何となくページをめくっているだけでは、途中で飽きてしまったり、うまく理解できなかったりしますよね。

「どこがおもしろいのか」

「どこが感動したのか」

読んだことを自分の言葉にしたり、誰かに感想を語ったりすることで、

「読んだ!」

という満足感が得られるのです。


そのような深い読み方をするためにはコツがあります。

それは、「小説の細部に注目する」という読み方です。
ここでは、

 

  • ①好きな登場人物を見つける

  • ②会話文を味わう

 

この2つのポイントを紹介していきます。


※小説がおもしろく読めるようになるコツについては、こちらの「読めない小説がかんたんに読めるようになる3つの方法」の記事で詳しく紹介しています。

honwohirakuseikatu.hatenablog.com

 

ポイント①
好きな登場人物を見つける

 

小説を読むときは、まず好きな登場人物を見つけましょう。

主人公でなくても構いません。あなたにとって魅力的な人物を見つけたら、その人物に注目しながら読んでいきましょう。

小説のおもしろい点は、個性的な人物が登場するところです。


登場人物たちが動きまわり、人間関係が変化していく。

そのドラマによって小説の物語は進んでいきます。


たとえ難しそうな名作小説であっても、好きな登場人物を見つけるだけで、読むモチベーションが格段に上がります。

 

  • あなたの好きな人物が、どのように主人公と関わるのか?

  • その人物は、物語の中でどのような立ち位置にいるのか?


好きな人物について自由に考えたり、想像したりしてみてください。

すると、その人物を中心にしたストーリーが見えてきます。

人物について深読みすることが、作品をおもしろく読み解くことにもつながるのです。

 

ポイント②
会話文を味わう

 

好きな登場人物を見つけたら、次に会話文に注目しながら読んでいきましょう。

会話文に注目すると、

 

  • その人物がどういう人間なのか?

  • 主人公とはどう違うのか?

 

ということを具体的に知ることができます。


小説の会話文は、描写です。

登場人物たちがかんたんな会話をしているように見えても、作者は手を抜いていません。

人物の特徴を際立たせて、生き生きとした魅力を伝えるために、会話文を工夫しています。


会話文の中には、登場人物を深く知るためのヒントがたくさん込められているのです。

 

 

 

夏目漱石の『明暗』を会話文だけで読む

さて、ここからは夏目漱石の『明暗』の会話文を引用しながら、前に紹介したポイントをもとに深く読み解いてみたいと思います。


『明暗』は夏目漱石の晩年の傑作です。

残念ながら漱石の病死により、未完の作品となってしまいました。

しかし漱石の集大成といえるくらい文学的評価の高い名作で、今でも根強く読まれている小説です。


『明暗』には魅力的な登場人物がたくさん出てきます。

よくしゃべる登場人物ばかりなので、会話のやりとりが多いです。

 

  • ①好きな登場人物を見つける

  • ②会話文を味わう

 

『明暗』はこれらのポイントを実践するには打ってつけの作品なのです。

 

『明暗』の重要人物「小林」

 

それでは作品に入っていきましょう。


『明暗』の主人公は「津田」という男です。

会社に勤めており、若い妻と結婚しています。

でも、妻との関係はちょっとギスギスしています。


「津田」はプライドが高く、自分の都合ばかり考えている男なのです。

だから他人に対して心を開いたり、正面から向き合ったりすることを好みません。


『明暗』は主人公「津田」を中心に、我の強い登場人物たちが次々に現れます。


登場人物たちの中で、特に異彩を放っているのが、「小林」という男。

「小林」は、「津田」にとって古い付き合いの友人です。

悪友といったところでしょうか。


彼はたびたび「津田」の前に現れ、服をもらいに来たり、お金をもらいに来たりします。

「津田」が中産階級で余裕のある暮らしをしているのに対して、この「小林」は下層階級、食うに困るくらい貧乏で追い詰められた生活をしている人間なんです。


「津田」と「小林」。

この2人の立場の違いは、『明暗』の人間関係のなかで重要なポイントです。


この「小林」という人物に注目して、会話文を読んでいきたいと思います。

 

会話文①
主人公「津田」と友人「小林」の対決

 

それでは「津田」と「小林」の会話のやりとりを読んでみましょう。

引用するのは、飲み屋での2人の会話です。

 

(小林)
「君は僕が汚ない服装なりをすると、汚ないとって軽蔑するだろう。又たまに綺麗な着物を着ると、今度は綺麗だと云って軽蔑するだろう。じゃ僕はどうすればいんだ。どうすれば君から尊敬されるんだ。後生だから教えてれ。僕はこれでも君から尊敬されたいんだ」

(中略)

(小林)
「僕は君の腹の中をちゃんと知ってる。君は僕がこれ程下層社会に同情しながら、自分自身貧乏な癖に、新らしい洋服なんかこしらえたので、それを矛盾だと云って笑う気だろう

(津田)
「いくら貧乏だって、洋服の一着位拵えるのは当り前だよ。拵えなけりゃ赤裸はだかで往来を歩かなければなるまい。拵えたって結構じゃないか。誰も何とも思ってやしないよ

(小林)
「ところがそうでない。君は僕をただめかすんだと思ってる。お洒落だと解釈している。それが悪い」

(津田)
そうか。そりゃ悪かった

『明暗』(夏目漱石/著 新潮文庫)「三十六」の章より引用
※()は『文人』の付け加え。地の文は省略し、会話文のみ引用。

 

 「小林」はセリフの中で「軽蔑」という言葉を繰り返していますね。


2人の会話をよく読んでみると、

 

  • 「津田」は「小林」のことを軽蔑している

  • 「小林」は「津田」から軽蔑されるのを恐れている

 

という2人の微妙な関係性が読み取れます。


古い付き合いの友人らしい気安さはありますが、「津田」のセリフには、相手をバカにするような感じが出ていませんか?


貧乏なのに新しい洋服をこしらえたと笑う気だろう、と言う「小林」。

それに対して「津田」は、「誰も何とも思ってやしないよ」と素っ気なく返します。

そして最後には、「そうか。そりゃ悪かった」といい加減に話を打ち切ってしまいます。


「津田」と「小林」は対等ではありません。

「津田」には「小林」と真面目に向き合う気がなく、「小林」のことを見下しています。

「小林」はそんな「津田」の態度を気にしており、どうにかして「津田」を見返してやろう、という下心を持っているようです。

 

会話文②
「小林」と津田の妻「お延」の対決

 

今度は、「小林」と津田の妻「おのぶ」の会話を読んでみましょう。


「小林」は、津田から服をもらう約束をしていました。

そこで彼の家を訪ねます。

津田は不在で、妻の「お延」が応対します。

 

(小林)
「奥さん、時間があるなら、退屈しのぎに幾らでも先刻さっきの続きを話しますよ。喋舌しゃべって潰すのも、黙って潰すのも、どうせ僕みたいな穀潰ごくつぶしにゃ、おんなし時間なんだから、ちっとも御遠慮にゃ及びません。どうです、津田君にはあれでまだあなたに打ち明けないような水臭い所が大分あるんでしょう」

(お延)
「あるかも知れませんね」

(小林)
「ああ見えて中々淡泊でないからね」

(中略)

(小林)
奥さんあなたの知らない事がまだ沢山たくさんありますよ

(お延)
あってもよろしいじゃ御座いませんか

(小林)
いや、実はあなたの知りたいと思ってる事がまだ沢山あるんですよ

(お延)
あっても構いません

(小林)
じゃ、あなたの知らなければならない事がまだ沢山あるんだとい直したらどうです。それでも構いませんか

(お延)
ええ、構いません

『明暗』(夏目漱石/著 新潮文庫)「八十四」の章より引用
※()は『文人』の付け加え。地の文は省略し、会話文のみ引用。

 

 ここで繰り広げられる会話は、「小林」の反撃ともいえるところです。


「小林」は雑談のふりをしながら、津田にとって都合の悪い情報を「お延」の耳に入れようとします。

後半部分のやりとりに、「小林」のしつこさがよく表れていますね。


「小林」がそれほどまでに「お延」に聞かせたい情報とは何か?

ごくかんたんに言うと、「小林」は津田の重要な秘密を握っているんです。

そしてその秘密は、津田夫妻の関係をおびやかすものです。


「小林」には、「お延」に秘密をちらつかせることで、津田夫妻よりも優位に立ち、見返してやろうという策略があるわけです。


当然、「お延」からすれば、聞き捨てにはできません。

構いません

と「お延」は繰り返しますが、内心、気になって仕方がないはずです。


それでも動揺を見せず、気丈に振る舞おうとするのはなぜか?

それは「小林」を警戒しているからです。


津田がそうであるように、「お延」もまた、「小林」を軽蔑しています。

自分よりも立場の低い相手に、弱味を見せるわけにはいかない。

そういうぎりぎりの緊張状態なんです。

 

『明暗』の世界

 

○不穏な緊張感

 

『明暗』に描かれる登場人物たちの会話を読んできました。

あなたはどう感じましたか?

会話というより、「対決」という感じがしませんか。


登場人物たちのやりとりには、プライドのぶつかり合いが描かれており、どこか不穏な緊張感があります。

『明暗』では、自分の主張を押し通し、相手よりも優位に立とうとする、そんな登場人物たちの会話が繰り広げられます。

 


 

○軽蔑される「小林」

 

「小林」は周りから軽蔑され、社会的に危うい立場に追い詰められています。


彼は会話のなかで「軽蔑」という言葉を何度も使います。

なぜなら、「小林」は軽蔑されることを恐れているからです。

恐れるあまり、常に先回りして、相手から言われたくないことを自分から口にしてしまう人間なのです。



相手から傷つけられたくない。

そのためにわざとおどけて、自分の言葉で、自分を傷つけなければならない。

現実の人間関係でも、そういう態度を取ってしまうことがありますよね。

 


 

○『明暗』は登場人物ひとりひとりが主人公

 

『明暗』には主人公「津田」をめぐり、魅力的な人物たちが次々に登場します。

どの人物も自己主張が激しく、よくしゃべり、対決します。

「津田」がかすんでしまうくらい、個性的な人物ばかり。

いわば登場人物ひとりひとりが主人公なのです。


今回紹介した「小林」にかぎらず、

「この人はおもしろい!」

と感じた登場人物を見つけて、会話文に注目しながら、ぜひ『明暗』を読んでみてください。

 

 

 

おわりに

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夏目漱石の『明暗』の会話文を読み解きながら、名作小説をおもしろく読むコツについて紹介しました。


好きな登場人物を見つけて、会話文に注目しながら読むだけで、名作小説をおもしろく読むことができます。

さらに自分の言葉で語れるようになれば、深い読み方ができ、読書の満足感が高まりますよ。


夏目漱石は会話文がとても巧い作家です。

『明暗』以外にもおもしろく読める作品が多いので、ぜひ手に取ってみてください。

 

🔎おすすめの本

 未完の絶筆ということで、「どうせ最後まで読めないならやめておこう」と最初は敬遠したものの、夏目漱石が好きだったので購入。男同士の腹の探り合いや、女の争いなど、会話の駆け引きがドラマチックでおもしろく、夢中で読みました。

夏目漱石に興味がある人なら、ぜひ一読してほしい1冊です。

 

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