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【書評】貧しさを正面から描いた名作文学『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)

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クリスマス・キャロル』(ディケンズ/作 脇 明子/訳 岩波少年文庫)のレビュー

 

 

読む前と読んだ後で、ここまで印象が変わる小説はめずらしい。読む前までは大衆向け(主に子ども向け)の童話だと思っていた。だから肩の力を抜いて、物語のおもしろさを気楽に味わうつもりでページをめくっていたのだけれど、読んでいるうちに気がついた。物語の底にただよっている暗さと冷たさに。そして読んだ後、クリスマスが世界にとっていかに大切な日であるか、胸にしみじみと感じられた。

本作には、クリスマスツリーも、サンタクロースも、わくわくするプレゼントも出てこない。今でこそ定番になっているそれらの意匠は、本作の書かれた19世紀イギリスにはなかった。作中の人々は笑いながら「クリスマスおめでとう」と声をかけ合い、七面鳥プディング(イギリス伝統のケーキ)や、リンゴやオレンジなどの果物、焼き栗、香料の入った熱いワインなどをみんなで飲み食いし、音楽に合わせてダンスを踊ったり、かんたんなゲームでふざけ合ったりして、温かい夜を過ごす。その様子がほんとうに生き生きしていて魅力的だ。


ところが、クリスマスのお祭りを冷ややかに傍観し、「くだらん!」と悪態をついているのが、主人公の「スクルージ」という老人だ。「スクルージ」は金融関係の事務所を経営している。金持ちだが、けちで、強欲で、貧民救済のための寄付を頼まれてもびた一文出さないエゴイスト。周りの人たちから敬遠されている。

そんなクリスマス嫌いの爺さん「スクルージ」のもとに、幽霊が現れる。心を固く閉ざした「スクルージ」に改心の機会を与えるため、次々とやってくる幽霊たち。「スクルージ」はさまざまな幽霊に導かれ、自身の過去・現在・未来と向き合うことになる。

ひとりぼっちの寂しい少年時代。生きることの苦労を経験し、欲にとらわれ、金の勘定ばかりしていた結果、婚約者に去られた壮年時代。それらは「スクルージ」が今まで目をつむり、見ようとしてこなかった過去だった。さらに幽霊の力によって、未来の自分の絶望的なありさまを目の当たりにする。そうして「スクルージ」は、自分がどれだけ貧しい生き方をしていたのか思い知らされ、世間に対して心を開くようになる。


クリスマス・キャロル』には、人間のさまざまな「貧しさ」が具体的に描かれている。生活の貧しさ、人生の貧しさ、人間としての貧しさ。クリスマスはそうした貧しさに光を当てて、冷たく固まった心をとかし、人間らしい温もりを思い出させてくれる。

「クリスマスおめでとう(メリークリスマス)」

この言葉を口にできることの幸せを、心から噛みしめたくなる本だ。

 

 

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