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陰影が生む女性の美――『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎)解説④

 

※『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎)の内容紹介

 

こんにちは、『文人』です。


文豪・谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』は、昭和8年(1933年)の作品。

「陰影」というものをテーマに、伝統的な日本文化の美、日本人の独特な美意識について説かれています。

現代でも読み継がれ、建築家、アーティストなどに影響を与えている名著です。


そんな『陰翳礼讃』の内容と魅力を、

①「建築の美」

②「食事の美」

③「厠の美」

④「女性の美」

全部で4つのテーマ別に解説します。


今回のテーマは④「女性の美」。

日本の伝統的な女性像と「陰影」との関係を読み解くことで見えてくる、美の本質とは?

『陰翳礼讃』の内容に沿ってわかりやすく解説していきます。

 

 

 

 

陰影のなかで暮らした女性たち

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薄暗い家屋のなかで暮らしてきた日本人は、陰影の美を発見したことで、「食事」、「厠」など、生活のさまざまな場面に陰影を取り込みました。(前回までの内容①「建築の美」、②「食事の美」、③「厠の美」より)。

 

つまり、日本人は陰影というものを重んじてきたわけですが、昔の女性もまた、陰影のなかの存在であったと谷崎は言います――

 

昔の女とうものは襟から上と袖口から先だけの存在であり、他はことごとく闇に隠れていたものだと思う。当時にあっては、中流階級以上の女はめったに外出することもなく、しても乗物の奥深く潜んで街頭に姿をさらさないようにしていたとすれば、大概はあの暗い家屋敷の一と間に垂れめて、昼も夜も、ただ闇の中に五体を埋めつつその顔だけで存在を示していたと云える。

 

『陰翳礼讃・文章読本』(谷崎潤一郎/著 新潮文庫)所収「陰翳礼讃」P45.46より

 

昔の女性――特に中流階級以上の女性は、家の内側で過ごすことが多く、ほとんど人前に姿を見せないものでした。屋内の薄暗いところで静寂に包まれ、まるで息をひそめるように生活していた女性。そして着物で胴体を隠し、闇のなかに首と手足だけを露出していた女性。そんな女性は、まさに陰影のなかの存在だったのです。

 

現代の女性のように頻繁に出歩き、おしゃれなファッションを楽しんだり、体型を気にしたりするのとは、まったく異なる暮らしをしていたことが想像できます。

 

陰影の世界で暮らす当時の女性にとって、肉体の美しさは必要ありませんでした。何より必要だったのは、顔の美しさ。陰影の中にほの白く浮かび上がる顔こそが、美の命。陰影の闇に埋もれた肉体のほうは、無いに等しいものでした。当時、女性が男を惹きつけるには、ほの白い顔の美しさがあれば十分だったのです。

 

明るすぎることの不便

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日本の伝統芸能である歌舞伎には、「女形」というものがあります。男が女性の役を演じるこの「女形」も、「陰影」があってこそ、その美しさが引き立ちます。

 

谷崎は『陰翳礼讃』のなかで、歌舞伎を観たときの体験をおよそ次のように語ります――

 

近代の明るく人工的な照明の下で、歌舞伎の舞台を観ると、「女形」がどうも女らしく感じられない。男性的な体の線が目立ってしまい、「女形」の芝居に違和感をおぼえる。これは舞台が明るすぎるせいだ。それに対して、ろうそくなどのわずかな明かりで演じられていた昔の歌舞伎のほうが、「女形」の線が陰影によってぼかされ、どんなに女らしく見えたことだろう。

 

――そう谷崎は主張するのですが、歌舞伎の「女形」の例で言われているのは、「明るすぎることの不便」です。

 

明るすぎる照明の下では、美しいものが鮮明に見えます。しかし、鮮明に見えたところで、美しいものがより美しくなるということはありません。逆に、見えすぎるために、見る者の想像力を鈍らせ、美の感動を損なう場合があるのです。

 

それでは、いったい「美」とは何でしょうか? 谷崎は次のように説きます――

 

われわれ東洋人は何でもない所に陰翳いんえいを生ぜしめて、美を創造するのである。(中略)美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。夜光のたまも暗中に置けば光彩を放つが、白日の下にさらせば宝石の魅力を失う如く、陰翳の作用を離れて美はないと思う。

 

『陰翳礼讃・文章読本』(谷崎潤一郎/著 新潮文庫)所収「陰翳礼讃」P47.48より

 

「美」とは、物体そのものに宿るのではありません。むしろ物体と物体とが組み合わさったときに生じる陰影の含み、明暗の微妙な調子、それらの自然の模様から「美」の感覚が起こる。

 

つまり、『陰翳礼讃』のなかで繰り返し論じられてきた「陰影」の美しさこそが、日本人(東洋人)にとっての「美」の本質だったのです。

 

 

 

まとめ――『陰翳礼讃』が現代でも読まれている理由

 

美しいものを明るすぎる照明の下で丸裸にするのではなく、見えない部分から生じる余情をしみじみ味わうこと。こうした「陰影の美」は、近代以降、失われつつあるようです。

 

現代人の美意識には、「明るさ」、「分かりやすさ」といった表面的な美を追い求める傾向があります。確かにそのような美は「映える」ので、強く印象に残りますが、すぐに飽きてしまうことも事実です。

 

本当に美しいものは、飽きるということがなく、見る者の心にさまざまな感動を呼び起こす。日本人の伝統的な生活のなかには、そのような豊かで味わい尽くせないほどの美――「陰影の美」の世界がありました。

 

その「陰影の美」の感覚を取り戻すには、どうしたらよいか?

 

それは、ただ明かりを消して、見えない世界を感じること――すなわち、世の中の不便さ、複雑さ、計り知れなさに気づくことです。

 

『陰翳礼讃』が今でも読み継がれているのは、人工的な明るい光のなかで生活する現代人にこそ読まれるべき名著だからではないでしょうか。

 

 

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