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【書評】地下鉄サリン事件の闇に迫る―村上春樹『アンダーグラウンド』―

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アンダーグラウンド』(村上春樹/著 講談社文庫)のレビュー

 

 

1995年3月20日、東京の地下鉄に猛毒ガス・サリンが撒かれた。サリンを浴びた乗客、職員は目の不調や息苦しさを訴えた。地上の出入り口付近には倒れた人々が救急車を待っていた。サリンが撒かれたのは、千代田線、丸ノ内線日比谷線の3路線5車両。時刻は午前8時頃、通勤ラッシュの時間帯。負傷者6000人以上、死者10人以上。

オウム真理教による地下鉄サリン事件である。

それまで安全だと思われていた日本の、東京の朝の地下鉄で起きた同時多発テロ。一般市民を無差別に狙った凶行に、現場は大混乱した。――あの日の朝、東京の地下にいた人々は何を見たのか、何を感じたのか、そして何を思ったのか。本書は、地下鉄サリン事件を経験した人々のインタビューをまとめたノンフィクションである。


手に取ると、かなりの分厚さだ。この鈍器のような文庫本の中に、事件被害者の生々しい言葉が詰まっているのだと思うと、いろいろな意味で重みを感じるし、作家・村上春樹のインタビューにかけた苦労と熱意が伝わってくる。

本書の特徴は、被害者の生の声が魅力的に再現されていることだ。作家はインタビューの中で、その人が今までどんな人生を歩んでこられたのか、家族とはどんな関係を築かれているのか、現在はどんな仕事をしてどんな生活をしておられるのか、といった個人的なことを丁寧に掘り下げている。そうすることで、事件被害者=特殊な不幸に見舞われた気の毒な一般市民というレッテルを剥がし、ひとりひとりの顔を際立たせている。

本書で、作家はこう述べている――

 

その朝、地下鉄に乗っていた一人ひとりの乗客にはちゃんと顔があり、生活があり、家族があり、喜びがあり、トラブルがあり、ドラマがあり、矛盾やジレンマがあり、それらを総合したかたちでの物語があったはずなのだから。ないわけがないのだ。それはつまりあなたであり、また私でもあるのだから。

アンダーグラウンド』(村上春樹/著 講談社文庫)P29より引用

 

顔があり、声があり、そして物語がある。そんなひとりひとりのインタビューはどれも生々しい。主観による多少の混乱や食い違いはあれど、語られる言葉には一種の真実が宿っている。

オウムを激しく憎んでいる人もいれば、事件とオウムがうまく結びつかなくて戸惑いを抱いている人もいる。そもそも自分は被害者だと思っていないと語る人もいる。事件当日たまたま地下鉄に居合わせた人々には、さまざまな苦痛や教訓や恐怖があった。本書を読むと、ひとりひとりの語る話に思わず引き込まれ、共感してしまう。


なぜこんな事件が起きてしまったのか? そもそも、なぜ私たちの社会からオウム真理教が生まれてしまったのか?

あとがきに述べられた村上春樹の考察をぜひ読んでみてほしい。私たちの足元のさらにその下に広がる「暗黒」は、事件から時を経た今も、次々と「悪夢」を生み出し続けているように思う。

 

 

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