絶望に立ち向かう人間を描く世界文学の名作――カミュ『ペスト』の魅力
※『ペスト』(カミュ/著 宮崎嶺雄/訳 新潮文庫)の内容紹介
こんにちは、『文人』です。
ノーベル賞作家カミュの代表作『ペスト』は、ペストという感染症に襲われた町で起こるさまざまな出来事を記録風に描いた小説です。
ペストにかかり、次々に死んでいく人々。
感染の不安。
大切な人を失う悲しみや孤独。
絶望的な状況のなかで心折れずに立ち向かう人間の姿がたくさんの読者を惹きつけ、世界中で読み継がれています。
新型コロナ感染拡大の状況とよく似ていることが話題を呼び、ベストセラーになった本書。
今回はそんな『ペスト』の内容と魅力をわかりやすく紹介していきます。
『ペスト』とは?
アルジェリア のオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。
- 作者はアルベール・カミュ(1913~1960)
フランスの作家。アルジェリア生まれ。不条理を描く作家として有名。
代表作は『異邦人』、『ペスト』など。
1957年ノーベル文学賞受賞。 - 『ペスト』の舞台は、アルジェリア北西部の港湾都市オラン。
オラン市で起こるペストの流行と、それによる市民の混乱・絶望・反抗などを描いたフィクション小説です。 - ペストとは、ペスト菌による感染症のこと。高熱、呼吸困難、炎症などを引き起こします。
致死率が高く、世界中で何度となく流行し、多くの死者を出すことから恐れられています。
魅力①
感染症と闘う医師「リウー」の葛藤と忍耐
『ペスト』は、舞台であるオラン市の住民の物語であると同時に、主人公の医師「リウー」の闘いの記録でもあります。
医師という立場上、個人的な感情を抑え、人々の苦痛に寄り添う「リウー」。
その葛藤と忍耐のようすが繊細に描かれており、深く共感できるのが『ペスト』の魅力です。
○ペスト流行、閉鎖されるオラン市
それはネズミの死体からはじまりました。
ある時から急に増え出して、町はネズミの死体だらけに。
ほとんどの市民は気にもとめずに生活を続けますが、やがて事態は悪化。
ネズミから人へ、そして人から人へと感染が広がり、感染した人間は高熱や炎症を起こし、もがき苦しみながら次々に死んでいく。
恐ろしいペースで死者の数が増えていき、ついに当局はペストによる感染拡大と認定し、オラン市は緊急閉鎖されます。
○ペスト患者の診療に従事する「リウー」の苦しみ
ペストの流行により、医師「リウー」は患者たちの診療に取り組みます。
しかし、それは困難を極めるものでした。
まず何より、死亡率が高いこと。
懸命に処置をほどこしますが、多くの患者が死んでしまう。
時間をかけて手を尽くした末に、目の前で苦しみながら死んでいく患者たち。
次に、自分自身にも感染の危険があること。
患者を診ながら、自身の感染対策もしなければならない。
死の危険と隣り合わせの、緊張した日々。
そして特に辛いのが、ペストの診断です。
ペストと診断した患者を、家族のもとから無理やり引き離して、隔離する。
しかしその患者も、苦しい闘病の末に死んでしまう。
家族の涙の訴え、怒り、悲しみを受け止める辛い役目を負います。
「リウー」はペストの最前線で、多くの人々の不幸を見届けることになるのです。
魅力②
恋人と引き離された新聞記者「ランベール」
作中で特に注目したいのが、「ランベール」という人物。
仕事でたまたまオラン市に滞在していた新聞記者の男です。
ペストの流行により、閉鎖されたオラン市。
町から出ることができなくなり、「ランベール」はうろたえます。
彼には、町の外で待っている恋人がいるのです。
恋人のもとへ帰るため、「ランベール」はオラン市からの脱出を画策します。
「ランベール」の行動はドラマチックで、共感しやすく、魅力的です。
○脱出をめぐり、「リウー」と対立する「ランベール」
自分はオランの人々とは無関係の人間だ。
だから外へ出る権利がある。
そう主張する「ランベール」ですが、当局の許可が下りません。
そこで彼は、医師「リウー」に相談します。
外へ出るため、自分がペストに感染していないことを証明する診断書を書いてほしい。
しかし「リウー」は断ります。
ペストと無関係の人間はいないのだから、今の状況をあるがままに受け入れるしかないのだ。
そう諭す「リウー」に対し、「ランベール」は次のように反発します。
「いや」と、ランベールは苦っぽくいった。「あなたには理解できないんです。あなたのいっているのは、理性の言葉だ。あなたは抽象の世界にいるんです」
「ランベール」はあくまで個人の感情を優先します。
「愛する人のもとへ帰りたい」という具体的な想いに駆られ、個人行動を取るのです。
○「ランベール」をおそう孤独の苦しみ
オラン市からの脱出の糸口をさぐる「ランベール」。
しかし脱出の機会はなかなか訪れず、ペストの流行も治まる気配がない。
先が見えない絶望のなか、「ランベール」は恋人のことを考える余裕さえ失っていきます。
そうして耐えがたい孤独におそわれます。
魅力③
『ペスト』のメッセージ
個人的な感情を抑え、人々のために働く医師「リウー」。
オラン市を脱出して恋人のもとへ帰るため、個人行動をとる「ランベール」。
この対照的な2人は、しだいに理解を深め合い、協調します。
○ペストと闘う決意をした「ランベール」
ペストに対抗するため、ボランティアによる保健隊が生まれました。
しかし、「ランベール」は保健隊に対して消極的でした。
「なぜ感染のリスクを負ってまで、ボランティアをするのか?」
「ランベール」に対して、「リウー」はこう言います。
「(中略)これは誠実さの問題なんです。こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」
「誠実さ」とは何か?
簡単にいえば、「やるべきことから目をそむけないこと」。
実は「リウー」にも、町の外で暮らす妻がいます。
その妻は病気のため、オラン市の外で療養しています。
妻のもとへ駆けつけたい気持ちを抑えながら、「リウー」は医師の職務に励んでいるのです。
「リウー」の事情を知った「ランベール」は、保健隊への協力を申し出ました。
そしてオラン市に残り、ペストと闘う決意をします。
○「誠実さ」が生んだ、心のつながり
『ペスト』のメッセージ。
それは、
「ひとりひとりの人間の『誠実さ』が、心のつながりを生み、絶望的な状況に立ち向かう原動力になる」
ということだと思います。
感染症は、孤独との闘いでもあります。
自分が感染するかもしれない。
あるいは他人に感染させてしまうかもしれない。
その不安や恐怖が、直接のつながりを断ち、人と人とを隔ててしまう。
しかし独りで闘っているわけではありません。
ふつうの生活を取り戻すという同じ目的を誰もが共有しているはずです。
ひとりひとりの苦しみはあれど、共通の目的に向かって行動する「誠実さ」があれば、私たちは心でつながることができる。
そんなメッセージを『ペスト』からは強く感じます。
まとめ
カミュの『ペスト』では、人々を絶望させる不条理な状況が描かれています。
しかし主人公「リウー」をはじめとした人々が、葛藤や対立を越えて、絶望に立ち向かう。
そのドラマチックな連帯感が大きな魅力です。
感染症・戦争・弾圧など、現実のさまざまな危機に置き換えて読むことができます。
気になった人はぜひ本を手に取ってみてください。
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