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【書評】感染・閉鎖・絶望……最後まで闘い抜いた人間の記録――カミュ『ペスト』

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『ペスト』(カミュ/著 宮崎嶺雄/訳 新潮文庫)のレビュー

 

 

絶望的な状況に立たされたとき、最後まで踏みとどまることができる人間はそう多くないだろう。大切な家族、友人、恋人と会うことも、連絡を取ることもできず、隔離された状況となればなおさらだ。不安で仕方ない。どこかへ逃げ出したくなる。――カミュの『ペスト』はそんな状況に立ち向かう人間を描いた小説だ。


アルジェリア北西部の都市オラン。そこでネズミの死体が何匹も見つかる。はじめは些細な事件に過ぎなかったが、短期間のうちにネズミの死体は増え続け、とうとう人が死ぬ。その後も苦しみもがきながら死んでいく人があちらこちらで急増。当局はペストによる災厄と認定し、オランの都市は閉鎖されてしまう。

オランに住む人々は都市の外へ出ることも、外部に手紙を出すこともできない。離れて暮らす家族や友人や恋人と会うことができない。いつになったら元通りの日常に戻れるのかもわからない。そして周りの人たちが次々とペストに感染し、痛ましく死んでいく。いつかは自分も感染するかもしれない。文字通りの死と隣り合わせの状況に放り込まれ、心をすり減らしていく日々。

そんな状況のなかで特に辛い立場にいるのが、主人公の医師・「リウー」だ。感染リスクの高い医療現場でさまざまな患者の死に直面し、患者の家族の悲しみや怒りにも立ち会い、休む余裕もなく働く「リウー」。彼には病気の妻がいる。妻は離れた場所で療養しており、オランが閉鎖されてからは会えない日々が続いている。妻の病状がわからず、不安を抱きながらも、彼は懸命に目の前の患者を救おうとする。


「リウー」は誠実な人物だ。職務に対してというだけでなく、あらゆる人々に対しても。「リウー」は他者を批判しない。自分はオランの住民ではないのだから解放される権利がある、外で待つ恋人のもとへ帰らせてほしい、と主張する新聞記者にも同情し、ペストの混乱や人々の不幸を喜ぶ自殺未遂者の男にも、あわれみの眼差しを注ぐ。そのようにして、不条理な苦しい立場に追いやられた人々にどこまでも寄り添おうとする。

感染がいつ収束するのかわからない絶望的な状況下で、ペストと闘い続けた「リウー」。彼が最後まで踏みとどまれたのは、誠実さのためだ。誰もが感染を恐れる状況は、人間を孤独にしやすい。しかし人々の苦しみに寄り添いながら状況に立ち向かう誠実さは、連帯感を生み、人間を勇気づける。


目に見える形でつながっていなくてもいい。他者の苦しみに寄り添おうとする人間は、心でつながっている。『ペスト』を開くと、その見えないつながりの存在を強く感じる。

 

 

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