貧困・孤独・犯罪をリアルに描いたドストエフスキー『罪と罰』の魅力
※『罪と罰』(ドストエフスキー/著 江川 卓/訳 岩波文庫)の内容紹介
こんにちは、『文人』です。
ドストエフスキーの『罪と罰』は、世界文学の名作として、またロシア文学を代表する作品として、現在も読まれ続けている小説です。
「タイトルくらいは知ってるけど、どんな話なの?」
「何だか難しそう……」
という人も多いのではないでしょうか?
『罪と罰』は、主人公の青年・「ラスコーリニコフ」の犯罪をめぐる物語です。
貧困と孤独に苦しむ社会階層の人々を描いたリアルな世界観。
人間的魅力にあふれたユニークな登場人物たち。
心を揺さぶるドラマチックなストーリー。
ページをめくり出すと、物語の世界にどっぷり浸かれる長編小説です。
今回はそんな名作『罪と罰』の魅力や読みどころをわかりやすく紹介していきます。
『罪と罰』とは?
その年、ペテルブルグの夏は長く暑かった。大学もやめ、ぎりぎりの貧乏暮らしの青年に郷里の家族の期待と犠牲が重くのしかかる。この悲惨な境遇から脱出しようと、彼はある「計画」を決行するが……。世界文学に新しいページをひらいた傑作。
『罪と罰(上)』(ドストエフスキー/著 江川 卓/訳 岩波文庫)より
- ドストエフスキー(1821~1881)は、19世紀ロシア文学を代表する世界的文豪。
代表作は、『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』など。 - 人間の本質や社会問題を深く描いたドストエフスキー作品は、世界中にさまざまな影響を与え、「現代の預言書」とまで呼ばれています。
- 『罪と罰』は物語のスケールが大きく、さまざまなテーマを含んでいます。
貧困の物語、犯罪の物語、愛と幸福の物語、青春の恋愛物語、家族の物語……
読者しだいで読み方が変わる面白い小説です。
魅力①
貧しく孤独な主人公「ラスコーリニコフ」
○大学中退、狭い下宿で引きこもり
『罪と罰』の主人公は、「ラスコーリニコフ」という貧しく孤独な青年です。
都市ペテルブルグで、下宿暮らしをしています。
下宿といっても、屋根裏のような狭苦しい小部屋。
元々は大学生でしたが、貧乏のために学費が払えず、大学を中退。
家賃も滞納したまま、いつ家主から追い出されるかわからない状況で、小部屋に引きこもっています。
以前は生活の金を稼ぐために働いていました。
しかし、精神的に病み、仕事をすべてやめて、誰とも口を利かなくなり、自分の殻に閉じこもるようになったのです。
○家族の期待、出世の野心
「ラスコーリニコフ」には、郷里で暮らす母と妹がいます。
母と妹は貧しい生活のなかでお金を工面し、「ラスコーリニコフ」のために、わずかながらの仕送りをしています。
「ラスコーリニコフ」を深く愛し、彼が学業を続けて出世することを望んでいるのです。
貧しい母と妹を楽にさせるため、家族の期待に応えるため、何としても出世しなければならない「ラスコーリニコフ」青年。
ところが現実は厳しいものでした。
行き詰まった「ラスコーリニコフ」は、空想にとらわれ、ある計画を思いつきます。
○金貸しの老婆殺害
「ラスコーリニコフ」が、行き詰まった現状を打破するために思いついた計画。
それは、金貸し業を営む老婆を殺害し、金品を奪うこと。
その老婆は、「ラスコーリニコフ」や他の貧しい人々から預かった品物を担保に、金を貸しています。
けちで、意地悪で、財産を溜め込んでいるという評判の老婆。
そんな有害な老婆を社会から抹殺したところで、誰も悲しまない。
老婆を殺害し、溜め込んだ財産を奪い、自分の出世のため、貧しい母と妹のため、世の中のために活用しよう。
「ラスコーリニコフ」はそのような空想を、現実的な計画へと移しました。
そしてある夜、とうとう計画を実行したのです。
『罪と罰』の物語は、「ラスコーリニコフ」の犯してしまった殺害事件をめぐって進行していきます。
魅力②
ヒロイン「ソーニャ」と、気の毒な「マルメラードフ一家」
「ラスコーリニコフ」はある時、安酒場でボロボロの身なりをした酔っぱらいに絡まれます。
その酔っぱらいの名は「マルメラードフ」。
元々は役人でしたが、仕事を捨てて酒浸りの生活を送る中年男です。
「マルメラードフ」は身の上話をはじめます。
再婚の妻「カチェリーナ」と、空き腹を抱えた3人の幼子がいること。
自分の酒癖のせいで仕事が続かず、家族は貧乏生活をしていること。
前妻との娘「ソーニャ」が、家族を養うために娼婦に堕ちたこと。
「マルメラードフ」は、家の金も、家族の品物も、酒代に使ってしまいます。
そして自身の酒癖について、こう語ります。
「この性根をどうできるというんだ! いいですか、あなた、いいですか? 私はあれの靴下まで飲んじまったんですよ。靴じゃない、靴ならまだしも世間なみでしょうが、靴下を、あれの靴下を飲んじまったんですよ! (中略)そこへもってきて私どもの住居ときたら、陽もあたらない片隅で、家内はこの冬風邪をこじらせて、咳は出るし、血まで吐くようになっておる。子どもは、まだ小さいのが三人もいるので、カチェリーナはそれこそ朝から夜更けまで働きづめですわ。(中略)で、私はそれを感じるわけです。だって、どうして感じないでいられます? 飲めば飲むほど、よけい感じる。だから、私が酒を飲むのは、この酒のなかに苦しみを、共感を見出そうためなんです……私はね、つねの何倍も苦しみたいからこそ、飲むんですよ!」
『罪と罰(上)』(ドストエフスキー/著 江川 卓/訳 岩波文庫)P36.37より引用
自分のせいで家族が苦しめば苦しむほど、飲まずにはいられない。
そうして自分は「つねの何倍も」苦しむ。
「マルメラードフ」が酒を飲むのは、苦しむため、つまり罰なのです。
家族を苦しませていることに対して罪を感じ、その罰として酒を飲み、さらに罪を感じる……
酒飲みの破滅的な悪循環から抜け出せない不幸な人。
それが「マルメラードフ」なのです。
○信仰心の深い娼婦「ソーニャ」
酒飲み「マルメラードフ」の娘・「ソーニャ」は、『罪と罰』のヒロイン。
まだ18歳くらいの娘でありながら、家族を養うために娼婦として働く献身的な女性です。
体を売るという行為は、ある種、自分自身に対する罪。
恥じらい、苦痛、絶望……
心が壊れかけ、何度も自殺を考えるほどの、深い苦しみを負った「ソーニャ」。
しかし、「ソーニャ」は清らかな心を保ったまま生きています。
彼女の壊れそうな心を支えているのが、キリスト教信仰。
「ソーニャ」と知り合った「ラスコーリニコフ」は、彼女の深い信仰心に打たれます。
「神さまがなかったら、わたしはどうなっていたでしょう?」ふいにきらきらと輝きはじめた目でちらと彼をふり仰いで、彼女は早口に、力をこめてささやき、彼の手をきつくにぎりしめた。
『罪と罰(中)』(ドストエフスキー/著 江川 卓/訳 岩波文庫)P280より引用
信じる者は救われる。
罪の意識を、深い苦しみを、信仰の力に変える。
「ソーニャ」は罪の十字架を背負い、「赦し(救い)」を求める熱心な信仰者として、「ラスコーリニコフ」の前に現れるのです。
魅力③
「ラスコーリニコフ」の改心と幸福感
○「ラスコーリニコフ」の告白
老婆殺害後、「ラスコーリニコフ」は激しい恐怖感と孤独感に襲われます。
彼の周りは、殺害事件の話で持ち切りに。
犯人はいったい誰なのか?
当事者である「ラスコーリニコフ」は秘密を抱えたまま苦しむのです。
友人にも、愛する家族にも、秘密を打ち明けることができない。
そんな時、「ラスコーリニコフ」は「ソーニャ」と出会います。
独りで苦しんだ末に、「ラスコーリニコフ」が秘密を打ち明けた相手。
それは「ソーニャ」でした。
計画通り、老婆を殺害し、金品を奪ったこと。
その際、たまたま現場を目撃した老婆の妹「リザヴェータ」までも、動揺のあまり殺害してしまったこと。
心優しい「ソーニャ」は、おびえながら、「ラスコーリニコフ」の告白を聴きます。
彼が老婆と一緒に殺害してしまった「リザヴェータ」は、「ソーニャ」の友人でした。
○「大地に接吻なさい」
「ラスコーリニコフ」の告白を聴いた「ソーニャ」。
彼を責めるでもない、裁くでもない。
「ソーニャ」は、彼を抱きしめました。
彼の深い苦しみに同情したのです。
それから、熱心な信仰者として、彼にこう言い放ちます。
「(前略)いますぐ、すぐに行って、十字路に立つんです、おじぎをして、まず、あなたが汚した大地に接吻なさい。それから四方を向いて、全世界におじぎをなさい。そしてみなに聞こえるように、「私は人を殺しました!」と言うんです。そうしたら神さまが、あなたにまた生命を授けてくださる。行くわね? 行くわね?」
『罪と罰(下)』(ドストエフスキー/著 江川 卓/訳 岩波文庫)P135より引用
熱狂状態になった「ソーニャ」の言葉。
「ラスコーリニコフ」は、人々の行き交う広場の中央で、その言葉を思い出します。
そして地面に口づけし、お辞儀をしました。
「ラスコーリニコフ」の目に涙があふれ、「歓喜」と「幸福」に包まれます。
その後、「ラスコーリニコフ」は自首し、シベリアの監獄へ行きます。
「ソーニャ」も、彼を支えるべく、シベリアへ。
やがて2人は心をかよわせ、大きな愛情に満たされるのです。
○「ソーニャ」の言葉の意味
「大地に接吻なさい……」
信仰心に燃えた「ソーニャ」の言葉は独特です。
ロシア的信仰と、キリスト教信仰が混ざり合った表現でもあるでしょう。
しかしそれ以上に、「ソーニャ」の言葉には、強いメッセージが込められています。
人間を殺害するという罪を犯し、人の道から外れてしまった「ラスコーリニコフ」。
彼は孤独感と恐怖感に苦しみ続けます。
そんな彼が、人の道に戻り、孤独感と恐怖感から解放されるきっかけになったもの。
それが「ソーニャ」の言葉なのです。
人々の行き交う大地に口づけし、自首という形で世間に罪を告白した「ラスコーリニコフ」。
孤独だった彼は、「罪」と「罰」を通して、「ソーニャ」という連れ合いを得るのです。
まとめ
ドストエフスキーの『罪と罰』は、リアルな人間描写と社会描写が光る、とても読み応えのある長編小説です。
人間はなぜ犯罪に手を染めてしまうのか?
なぜ「罪」を自覚し、「罰」の苦しみを受けなければならないのか?
そのような問題が、主人公「ラスコーリニコフ」の物語を通してドラマチックに描かれます。
社会で生きづらさや孤独を抱えやすい私たちにとって、心の支えになる名作です。
興味を持った人は、ぜひ本作を手に取ってみてくださいね。
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