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【書評】心が震える音楽小説の王道――『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)

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蜜蜂と遠雷』(恩田陸/著 幻冬舎文庫)のレビュー

 

 

 

もっと音楽を感じたい。そう思わせるほど、音楽を聴く喜びに満ちた小説だった。ピアノの音色、コンサートホールの臨場感、演奏のイメージ、音楽を構成するさまざまなものが言葉を媒介にして伝わってくる面白さ。多彩な言葉が響き合い、ページをめくる自分までが、まるで音楽と一体になっているかのよう――

本書の舞台は、「芳ヶ江」という海沿いの町で開かれる、「芳ヶ江国際ピアノコンクール」。世界中から集まった若いピアニストたちが、コンクール入賞を目指して競い合う。近年注目されているコンクールとあって、参加者の演奏レベルは総じて高い。なかでも突出した才能を持つ4人のピアニストを中心に、物語は進んでいく。

養蜂家の父といっしょに各地を渡りながらピアノを弾く、音楽の神様に愛された16歳の少年。少女の頃からクラシックの第一線で演奏活動を行い、アイドル的な人気がありながらも突然引退してしまった、20歳の音大生。多国籍の血を引き、スター性があり、コンクールの優勝候補として注目されている19歳の青年。所帯持ちで、音楽家の夢を捨てきれず、最後のコンクール参加を決めた28歳のサラリーマン。――それぞれ異なる背景を持った主人公たちが、コンクールという短い期間のなかで、自分と向き合い、音楽と向き合う。


なぜ音楽なのか? 人生の一瞬でしかない演奏のために、途方もないお金と時間と労力をかけずにいられないのはなぜか? そんな本質的な葛藤をとおして浮かび上がってくるのは、音楽と人間との自然なつながりだ。

風の音にも、雨の音にも、蜜蜂の羽音にも、音楽がある。遠い昔から人間は自然の音を聴き、音楽を感じ取り、曲を作り、楽器を作り、演奏してきた。人間は音楽とともに生きてきたのであり、これから先もその本質は変わらない。


主人公たちは演奏することによって、生きることの喜びや悲しみを伝え、音楽とひとつになり、多幸感に輝いている。その感動は観客にも、スタッフにも、審査員にも伝わる。言語の壁を越えて、音楽が人の心を震わせる瞬間が鮮やかに描き出される。

クラシックに詳しい人も、それほど詳しくない人も、きっと今までよりも音楽が新鮮に感じられるはずだ。

「世界はこんなにも音楽に満ちている」

本を閉じたあとも、この言葉の余韻が心地よく胸に残っている。