不安と恐怖に包まれた傑作短編――夏目漱石『夢十夜』の魅力
こんにちは、『文人』です。
ときに不思議で、ときに不気味な夢の世界。
印象的な夢を見た後、人に話したくなったことはありますか?
あるいは、人から夢の話を聞いたことは?
夢にはどこか人を惹きつけるところがありますよね。
昔の文豪も、夢に対して強い関心を持っていたようです。
「こんな夢を見た」
という言葉で始まる、夏目漱石の短編小説『夢十夜』。
夢の世界を描き、人間の無意識にある不安と恐怖に迫った傑作です。
今回はそんな『夢十夜』の内容と魅力をわかりやすく紹介していきます。
『夢十夜』とは?
「こんな夢を見た」という書き出しで始まり、夢の内容が語られていきます。
女の死後、墓のそばで100年待つ約束をする「第一夜」。
御前がおれを殺した――背負った我が子が不気味に語りかけてくる「第三夜」。
不安と恐怖に包まれた無意識の世界が描き出される、漱石の傑作短編です。
- 作者は夏目漱石(1867-1916)。
明治から大正にかけて活躍した、近代文学を代表する文豪です。 - 『夢十夜』で描かれるのは、夏目漱石の見た夢、無意識の世界です。
ロンドン留学の体験。
女性や、日本の近代化に対する不安。
漱石作品のさまざまなモチーフが詰まっています。
『夢十夜』の魅力
①100年待っていて下さい――時間との対決
「第一夜」では、墓のそばに座り、死んだ女を100年待ち続ける話が語られます。
「死んだら、埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いてください。そうして墓の傍に待っていて下さい。又逢いに来ますから」
自分は、何時逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それから又出るでしょう、そうして又沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
『文鳥・夢十夜』(夏目漱石/著 新潮文庫)所収「夢十夜」より引用
女は謎めいた言葉を残して死にます。
また逢いに来るから、墓のそばで100年待っていてほしい――その言葉を信じて待つことになります。
100年というのが、この話の肝です。
普通に考えたら、とても耐えられない時間ですよね。
実際、主人公は100年の間にだんだん不安になってきます。
本当に逢いに来るだろうか?
自分は女にだまされたのではないか?
長すぎる時間は、人間の心を狂わせ、恐れを掻き立てます。
「第一夜」ではそういう時間との対決が描かれています。
②御前がおれを殺した――罪の意識
「第三夜」は、昔殺した人間が、自分の子供として生まれてきてしまった、という話です。
主人公は6歳になる我が子をおんぶしています。
その子どもは眼がつぶれ、盲目です。そして坊主頭です。まるで大人みたいな口調で背中から語りかけてきます。
気味が悪くなり、こんな子はどこかへ捨ててしまおうと考えていると、不意に子どもが言います。
「御父さん、その杉の根の処だったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「文化五年辰年だろう」
成程文化五年辰年らしく思われた。
「御前がおれを殺したのは今から丁度百年前だね」
自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然として頭の中に起った。おれは人殺であったんだなと始めて気が附いた途端に、脊中の子が石地蔵の様に重くなった。
『文鳥・夢十夜』(夏目漱石/著 新潮文庫)所収「夢十夜」より引用
背中におぶっている子どもが突然、お前がおれを殺したのだ、と言い出します。(背中から語りかけてくるというのが、ゾッとしますね)
それを聞いた主人公は、100年前に確かに自分は1人の盲目を殺した、ということを思い出します。
つまり、前世の記憶がよみがえってきたわけですね。
このように「第三夜」では死者が登場します。
不気味なのはこの死者が、死んだ者としてではなく、現に生きている子ども(しかも自分の子)に成り代わって登場するところ。
生きているのか、死んでいるのか。
生死の区別があいまいになっています。
この緊張感の中、主人公は自分が人殺しだったことを知り、消し去りようのない罪と向き合います。
怖すぎますね……。
③見えない不安と恐怖
目に見えないものは、不安と恐怖を呼び起こします。
もし、背後からこちらを見つめてくる何かの気配を感じたら、あなたはどうしますか?
人間は背後に敏感です。
見えないからこそ自分をおびやかす何かがあると感じ、不安と恐怖におそわれます。
そして背後に何かがあるなら、振り返らずにはいられません。
『夢十夜』の世界は、そのような不安と恐怖を形にしたものです。
たとえるなら、背後を振り返り、自分をおびやかそうとする何かを照らし出そうとした小説といえるでしょう。
現実離れした夢の世界、語られるさまざまな謎や秘密が、私たちを妖しく惹きつけます。
おわりに
夏目漱石の『夢十夜』は、わずか数十ページほどの短い小説です。
でも、その短さの中に読者を引き込む仕掛けがあり、何度読んでも飽きません。
ちょっと時間が空いたときに好きな話を拾い読みするも良し、じっくり読んで想像を膨らませるも良し。
いろいろな読み方ができ、初めて漱石に触れる人にもおすすめです。
気になった人は、ぜひ本を手に取ってみてくださいね。
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